保育園に入れなかった幸せ

共働きの世帯にありがちなのが、父親が子供を送り、母親が迎えに行くというパターンだ。うちもそういう形態をとっている。思うに迎えに行くより、送りに行く方が辛い。何故なら送り届けたあとはこっちが見送られる立場になるからだ。毎朝のことだが、いつも園の縁側から名残惜しそうに、おれの姿がみえなくなるまでずっと手を振って、また夜なーバイバーイとか大声でいいながら見送ってきやがる。

送り届けたあと、駅まで向かう道すがらその健気な姿を思い出して泣けてくるときがあるんだ。もっと小さい頃は、離れるのが辛くてただ泣きわめくばかりだった。そのときも辛かったが、今の方が数倍辛い。
今待機児童の件が問題化している。そんななか今の保育園にいれることができてすごくラッキーだが、入れると決まったときはこんな辛いことがあるなんて予想はしていなかった。
何事につけてもいえるが、何かを得るということは、別のなにかを失うということなんだ。
またその逆も。もし保育園に入れられなかったら、子供との時間を享受することができたってわけだ。
まあ、どうせおれは仕事にいくんだけどな

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