朝日新聞と左翼である父の話。

私の父はバリバリの左翼だ。
今はもう70くらいになるが、実家では朝日新聞をとり、父自身は九条の会とやらに入っている。

朝日新聞以外の新聞社は一切信用ならないと、私が朝日のことをこうであろうという話をしようにも一切聞く耳はない。
なにを馬鹿なことを言ってるんだよと鼻で笑われる始末だ。
まあだが、今は腰はもう曲がってしまい、要介護の母を世話している、そんな老介護状態にある父を説き伏せようという気は私にもないので、それはそれでもいいかということにしている。

まあ、そんな父だが、左翼思考ってのはそういうものなのかしらないが、酒を飲み上機嫌になった時以外は基本的にしゃべらない。
箱根駅伝を最初から最後まで見ていてもなにもしゃべらないほど無口だ。
小さいころからも何を言うでもなく、ただ会社にいき、家で晩酌をして会社にいく。
そしたたまに知人と麻雀に興じていた。そんな父だ。

そんな記憶しかないが、一度だけ烈火のごとく怒ったのを覚えている。
それは私が小学生の時分、たまたま衆議院の選挙だと思うが、父の投票についていたときのことだ。
比例の投票だと思うが、「社会党」と書いた。土井たか子が党首の左寄りの政党だ。

当時勉強ができた私は、それを親にほめられるのが好きで、
そこに書いた字を読めることをほめられたいと思ったのだろう。口に出して言ったのだ。「しゃかいとう。」と。

そのとき、父は顔を真っ赤にして、私の頭に強烈なゲンコツを見舞った。

その衝撃たるや、そのあとの記憶が一切ないほどだった。
ただ、顔を真っ赤にした父とその衝撃だけは覚えている。
今思うと、それってそんなに恥ずかしいことだったのか、社会党支持者であることはそんなに隠すべきことだったのか。と思う。
いまだに謎だが、わが子の頭蓋をたたき割るほどの勢いで脳天を殴りつけるなど、尋常ではない。

普段は優しく、誰からの頼みも無下に断ることをしない人格者の父だからことさらだ。

今は私も父になって思うが、そもそもあの勢いで我が子を殴るなど到底考えられない。どんな理由があろうともだ。

左翼思想は時に暴力的であるとはいうが、そのスイッチが入ったときは恐ろしいものなのかもしれない。と、今はそう理解している。

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