ギャンブル依存症患者にしかできない金儲け。

自分の使える小遣いの範囲内であれば問題ないが、それを超えてまで競馬パチンコスロットなどにつぎこんでしまうのが問題なのである。
小遣いの範囲ならば、それは失っても痛手ではないが、その範疇を超えると生活やその後のライフプラン自体にも支障がでてくる。
そうなれば人は判断能力が鈍り、負けを取り返そうとまたギャンブルにつぎこみまた負けを重ねるという悪循環に陥る。

ギャンブルはいくらまでならば許されるのか?

一般的なサラリーマンの小遣いだが、だいたい世帯年収の11%程度が平均である。
この平均というを数値を指標にすると、そこから、ランチや、交際費なんかを差し引いても、ギャンブルに使えるのは年収のせいぜい7%程度が妥当ではないだろうか。

私個人的な話をすると、だいたい年収としては450程度、共働きなので妻の年収を考慮すると世帯年収は700くらいだ。
日本の平均世帯年収は560万程度といわれ、子あり世帯の平均世帯年収は700万程度なので、ちょうど平均値だ。
700万円の7%は49万円で、これを年12ヵ月で割ったところ、40,800円であり、つまり一ヶ月で、だいたい4万くらいがギャンブルに浪費する上限になる。

しかしながら、個人的な話をすると、昨年2018年度の収支であると、年ざっくりと競馬パチンコスロットに100万円も使っていた。
これは月ベースに換算すると、約83,000円で、使っても許される範疇である四万円の二倍に相当する。
さすがにこうなると、病的ギャンブラーであり、修正が必要になる。

ギャンブルをしっかり断てるほどの人であれば、そもそも病的なギャンブル依存症にはならない。
まずはこの「7%」という上限を決めて、そこに修正し、うまくつきあいながら止める方向に進んでいくのもあるのかとは思う。

貧乏人ほどムチャクチャな方法でカモられる理由

お金がないとギャンブルなどで一発逆転を狙ったりする人を見て、お金持ちの方々は「アホだなぁ」なんて思っているものであるが、これってそもそも金銭的欠乏が脳のシェアを使いすぎていて、本人の判断能力が下がっているからともいえるそうだ。

こういう脳の状態だと、ギャンブルでなくても、無駄遣いをしてしまったり、失敗する可能性が高い投資に手を出したりすることにつながり、無駄なリスクを負いやすくなる。

インドの農業地帯で、収穫前でお金が足りない状況と、収穫後でお金に余裕がある状況の農民に対しての知能検査を行った。

この実験の趣旨は、単にお金持ちと貧乏人を比べるのではなく、同じ人間がお金に余裕がある時とない時で、どう知能や判断能力に変化が出るかを調べることができるという点にある。

結果、お金への欠乏が知能に与える影響は、やはり大きいことがわかった。

知能検査での正解率は、収穫後のほうが約25パーセントも高かったのだ。
この違いはIQに置き換えると9~10ポイント相当する。
これは「トンネリング」という、目先の欠乏に意識が行き過ぎて、他のことが見えなくなる視野狭窄現象が起きているからなのだ。

つまり、お金がないひとこそが、だまされやすく、パチンコや、競馬といった必ずお金を失う方法でお金儲けをしようとしてしまう理由なのだ。

ギャンブルを断つだけでお金が儲かる?

本当にお金がほしいなら、ギャンブルで稼ぐなんていうのは大間違いで、ギャンブルをやらないことこそがお金儲けのチャンス。

私のケースであるが、昨年一年間は平均で1カ月で八万三千円もギャンブルに使っていた。
これは特に昨年が負けすぎたわけでもなく、毎年同じ調子だ。

きりよく、八万円としよう。
この八万円という金額は私にとっては家賃や携帯料金と同じ、毎月のランニングコストにあたっている。
それも長きにわたって。

ギャンブルはどう頑張っても、勝ち続けることは不可能だ。
(もちろん、ごくごくわずかの例外はあるが)

しかし、ギャンブル断ちという努力をすることで、私の場合、月に八万円は確実に儲かるのだ。
他のサラリーマンや自営業者でもいいが、もし主たる生業以外に、お金儲けをしようと思ったら、例えばバイトしたり、ヤフオク転売なんかして儲けるとかしないとならないのだが、ギャンブル依存症患者は、やめるってだけでお金儲けができるわけだ。
これって、なんという僥倖だ!

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