ギャンブルに縛られる人生。

このサイトを訪れた方は、おそらくは病的なギャンブル依存症であり、どうにか抜け出せないか、悩み苦しんでいるのではないだろうか。

他でもない私自身もそうだった。
いや、そうであるといった方が適切だろう。なぜなら病的なギャンブル依存に陥ってしまうと、一生抜け出すことはできないからだ。

日本においてギャンブルはごく身近にある。
駅前にはパチンコ屋が乱立し、競馬や競艇といった公営ギャンブルについても簡単にネットで購入できる。
したがって、この手軽さゆえ、誰でも簡単にこのギャンブル依存症という、個人的には覚醒剤とかの薬物にも匹敵する恐ろしい病気にかかってしまう可能性がある。

ギャンブルのなにが悪いのか?

別にこづかいの範囲ならいいじゃないか。と思うかもしれない。
だが、それで済むのは依存症ではない。それですんでいるならギャンブルとは呼ばずあえてレジャーと呼ばせてもらう。
それ以上に分不相応のお金をつぎこんでもやってしまう場合をギャンブルとここでは定義する。
では、ギャンブルの何が悪いのか?それをあげていこう。

お金がなくなる。

これは言わずもがな。99%以上の人は長いめで見れば絶対にお金を失うこのゲーム。
述べているとおり、分不相応に散在しつづければ、食べたいものが食べられず、欲しいものも買えなくなる。
この弊害は地味に答える。

無気力になる。

これはやらない人はわからないかもしれない。
上述したように99%以上の人は負けるこのゲーム。負ければ負けるほど、報われない結果をくりかえしむかえることにより、「自分は何をやってもだめなんだ」と変な錯覚に陥ってしまい、何にたいしてもやる気がなくなり、仕事や恋愛にたいする情熱も薄れ、最終的には、部屋の掃除すら面倒になるので、依存症の人間の部屋は汚部屋であることは珍しくもない。

ストレスがたまる。

最近あった事件。

アパートに侵入して女子高校生に性的暴行を加えようとしたとして、神奈川県警捜査1課は17日、住居侵入と強制性交未遂の疑いで、横浜市港南区丸山台の自称大工、前田力容疑者(44)を逮捕した。

容疑を認めている。

逮捕容疑は7月10日午後8時45分ごろからおよそ15分間にわたって、同区内のアパート内に侵入し、この部屋に住む当時15歳だった高校1年の女子生徒(16)に対し、性的暴行を加えようとしたとしている。

同課によると、前田容疑者は取り調べに対して「当日はパチンコで負け、むしゃくしゃしていた。性交する目的で侵入した」などと供述。車に乗って女性を物色し、女子生徒を発見すると、徒歩で後をつけたとも話しているという。

犯行当時、女子生徒の家族は外出中で、前田容疑者は室内に1人でいた女子生徒を「うるさくしたら殺すよ」などと脅迫。抵抗されるとその場から逃走した。周辺の防犯カメラの映像などから容疑者が浮上した。

2019年9月17日 18時20分
産経新聞
https://news.livedoor.com/article/detail/17095888/
<引用元>

「犯人はパチンコに負けてむしゃくしゃしていた。」と語っている。
特に珍しくもなく、昔からこのような事件はいくらでもある。

人付き合いができなくなる。

ギャンブル依存症に陥ると、時間とお金をパチンコ、競馬といったギャンブル以外に使うのが惜しくなってしまう。
友達とのバーベキュー、子供とどこかへ遊びにいく、こういった時間よりパチンコがしたい、会社のゴルフコンペに参加するより、週末の競馬、固い単勝一点に厚く張りたい。こういう考えになってしまうのだ。

やめようとする意思。

日本においては、諸外国に比べギャンブル依存に陥る確率が高い。
それは言ったように、ギャンブルがごくごく身近にあるからだ。だから、同様にやめる、断ち切るのも難しい。
一度やめても簡単にまたやってしまう。
だが、一度やめようと思ったのなら、失敗したとしても、いつかはそこにたどりつける。
私の好きな漫画のひとつ、「ジョジョの奇妙な冒険」にこんな一節がある。

ここは結果が全てではない、過程こそが大事なんだと言っているシーンなのだが、この「大切なのは真実に向おうとする意思。」真実=ギャンブルを断ち切ること。そうとらえると、何度失敗してもやめようとする意思を持ち続けていることが大事なんだという考えになる。

繰り返しだが、ギャンブル依存から立ち直ることはなかなか難しいことだ。
だが決してあきらめてはいけない。

続いては、ギャンブル依存症になっている人でしかできない金儲けについて。

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