仙台いじめ自殺で考えた原因と対策。親の責任。子供のすべきこと。

仙台市の中学校の男子生徒が自殺したという問題が話題になっている。
こんなことは今に始まったことではなく、誰かが自殺するたびに言い訳がかましい教育委員会の記者会見がひらかれるだけで昔から特に進歩はない。

これはもう何十年と繰り返されている茶番なので、学校では対処できない問題なんだと思う。
私には中学校の教員をしている親族がいるが、彼を見てて思うが、担任するクラスにイジメ問題が存在してたとしてもそこに気づけるほど余裕がない。それほど日常業務が多忙を極めているからだ。

いじめの存在を認めるとその担任教師の出世に響くからとか、面倒だからとかじゃなく、忙しすぎて気づけないのが実態だ。それでは教師失格だといわれるかもしれないが、彼らも人間なので物理的に無理なものは無理だ。

私もいじめられた経験はある。この自殺した生徒はズボンぬがされたとか、冷やかされたとかいう、その具体的な内容が列挙されてはいたが、そんなぬるいものではなかった。
数人からよってたかって殴られたり、別のいじめられっこと衆目で殴り合いをさせられたり、使いっぱしりとかカバンを持たされるとか、暴力的なイジメの方が多かった。その状態がなんと一年も続いたのだ。

いじめるほうが悪いというのは前提だが、やはり自分にも原因はあったと思う。何が原因かといえば、弱かったことか。
今思えば別に学校なんかいかなくてもよかった。そのころは義務教育だからっていう刷り込みで毎日律儀に学校にいってつらい思いを繰り返すことしかできなかったが、誰かが行かなくてもいいんだよと教えてくれたらずいぶん楽になったはずだ。

たった一度だけ学校をさぼってひとりバスにのってあてどもなくバスの終点である山の中でひとり一日過ごしたことはあるが逃げたのはそれだけだ。
そのときはさすがに死にたくはなっていたが、死ぬ勇気すらなかった。それほど弱かったわけだ。

自殺することができるというのはある意味、強い心を持っている。なので死ぬくらいなら、別に中学校なんかいかなくていい。義務教育というのは親が子供に教育を受けされる義務があるっていうだけで、子供は受けなきゃいけない義務があるわけではない。ただ権利があるだから。そこを知ってればこういう悲しい出来事はなくなるだろう。

親はなんとか学校に行かせようとするかもしれない。ただそんなのは無視してていい。子供が死ぬほど辛い状況である子供に対し、それをわからずに学校へ行かせようとする親なんかはまず親として失格なんだから、気が済むまで部屋に引きこもってて問題ない。

イジメにあったら自殺か耐えるしか選択肢はないってことはない。抵抗することもできるし、二度と学校にいかないって選択肢もあるというわけだ。
ただその子自身も登校拒否をするっていう勇気がもてない場合もある。
登校拒否するくらいなら死んだほうが楽だ。と思ってしまうかも。それほど死に対するハードルが下がってるのかもしれない。
なので最終的には親が気づいて、親が学校に行かせない。それが最後の生命線だろう。

まとめ

こういう問題がおきると学校のせいにしたがるが、親が一番の保護者なんだから親の責任だ。

私にも子供がいるが、三歳のこの時期からそういう辛い思いをしていないかを毎日注意してみている。そういう習慣と観察力をつけて、小学生、中学生になったときにもし、そういう辛い目にあってるなら学校にはいかせないつもりだ。
落ちこぼれだろうが、引きこもりだろうが死ぬよりマシだろう。

教育を受けさせる義務なんて知ったことではない。
わが子の心身の安全を保つことが親に課せられた最優先の課題であり、義務なのだ。

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